柳田国男の『遠野物語』では、「大昔に女神あり」の書き出しで、東北一帯にはびこり、天災をもたらしていたとされる名称不詳の女神について言及しています。
柳田国男は奥州の伝承を詳細に収集し、その結果、「名前をなくした女神」とは、実は瀬織津姫(せおりつひめ)ではないか、そしてさらに一歩進んで、瀬織津姫こそが、もとは男神であった天照大神に吸収されて、女神化するきっかけをなしたのではないかというところまで予想しています。
彼の大胆予想の真偽は不明ですが、瀬織津姫は岩手、福島を中心に東北一帯で広く信仰されています。そしてこの女神は、特に水にかかわる災厄抜除に功験が高いとされています。
私は、柳田の瀬織津姫の文章から、このたびの大震災を結びつける何ものも見出すことはできませんが、記紀で災いをもたらすとされている神々は、たいがいは大和王権にまつろわぬ勢力を象徴しています。原発事故のことを思い起こすと、東北は、記紀の時代から一貫して中央政権に対して資源を搾取される地位を強いられていたことを思わずにいられません。
陸奥の岸打つ波よ遠からず春連れて来よ御霊安かれ
(みちのくのきしうつなみよとおからずはるつれてこよみたまやすかれ)
[16回]
PR